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Russell Square ラッセル・スクエア (2)

MyLondon シリーズ

前記事は Russell Square ラッセル・スクエア

hidsgo-archive.hatenablog.com

 

前記事に続いて、Russell Squareの周辺について。

Great Ormond Street Hospital for Children グレート・オーモンド通り小児病院

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写真はクリスマスの飾り付けがしてある病院入口。

ラッセル・スクエア南東向かい側の通りを少し入ったところにある、世界的に有名な小児病院。難病の子供も多く入院し、先端治療が行われている。検索すると、「ピーター・パン」の作者は1929年「ピーター・パン」の 著作権をこの病院に寄付したとのこと。また米国の俳優ジョニー・デップは、 腎臓病の娘を治療したこの病院に100万ポンドを寄付したそうだ。それほど高い信頼と期待が寄せられている病院ということだ。

 

Pub “The Perseverance”

名所というわけではないが、自分メモ的に。

グレート・オーモンド通りを東のほうへ行ったところに、パブ The Perseverance がある。

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Perseveranceという単語は、忍耐、堅忍不抜、不屈の努力という意味で、それがお酒を飲むお店の名前になっているから、最初見たときは面白く思われた。しかし名前の由来を調べてみると、どうやらそういうfunnyさを狙ったものではないようだ。

こちらのwikiページには、駅馬車 (stagecoach) の名前とある。

Pub names - Wikipedia

英国人はパブであらゆることを議論し、ビールを飲むことが必ずしも羽目をはずすことではなく、仮にPerseveranceが努力や忍耐の意味を帯びていても、パブの店の名前としてあり得るのかなと思えなくもない。

 

Tavistock Square タヴィストック・スクエア

ラッセル・スクエアから北側へ1ブロック進んだところにある公園 (*1)。

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この公園の中央には、マハトマ・ガンジー (Mahatma Gandhi)の彫像が静かに佇んでいる。ガンジーの彫像はポーランド出身の彫刻家フレダブリリアント (Fredda Brilliant)によるもので、1968年に設置された。

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またこの公園には、広島・長崎の原爆被災者を追悼するサクラの木が1967年に植えられている。何というサクラの種類だろうか?

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ガンジーやサクラの木などから、この公園はある意味「平和公園」という存在だった。

2005年7月7日、タヴィストック・スクエアの北東、英国医師会(BMI)本部前の路上を走る2階建バスで爆弾が爆発し、乗客13人が犠牲になった (*2)。少し東の地下では、Kings Cross駅からRussell Square駅へ向かう地下鉄でも爆発があった。この日ロンドンでは4カ所で爆弾テロがあり、計52人が犠牲になった。

私はこの記事を書くほどにこの界隈をよく知っており、また2005年3月にはロンドンを訪れてこの公園にも来ていただけに、このテロには驚き、知り合いの心配もしたのだった。

悲惨な現場前の公園で、ガンジーは今日も静かに佇んでる。事件を経て、タヴィストック・スクエアはより一層「平和公園」としての意味合いが深くなった。

 

Woburn Walk ウォーバーン・ウォーク

タヴィストック・スクエアからユーストン通りへ向かう途中、Ambassadors Hotelの手前に右側へ入る路地がある。ウォーバーン・ウォーク (*3) だ。

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短い路地で何事もなく通り過ぎかもしれない。が、周りとちょっと違う「雰囲気」がある。実はこの路地は1822年に歩行者専用道として設計されたもので、今も当時の面影を残している。そのため、ドラマの撮影が行われることもあり、実際撮影しているところを見たこともある。

 

地図

1. Russell Square  2. Great Ormond St. Hospital  3. The Perseverance  4. Tavistock Square  5. Woburn Walk  

参照

*1  https://www.bedfordestates.com/london-garden-squares/squares/tavistock-square/
*2  http://news.bbc.co.uk/2/shared/spl/hi/uk/05/london_blasts/what_happened/html/tavistock.stm
*3  https://londonunveiled.com/2013/07/04/woburn-walk/
 

Russell Square ラッセル・スクエア

MyLondon シリーズ

 

Russell Square、ラッセル・スクエア。ロンドンのブルームズベリー (Bloomsbury) 地区、大英博物館 (The British Museum) の北東に位置する公園。周辺にはロンドン大学関係の建物が多い。ホテルやB&Bも多く、ラッセル・スクエア自体を目的に訪れることはないかもしれないが、この周辺の宿泊施設を利用したときや、地下鉄ラッセル・スクエア駅から徒歩で大英博物館へ行くときにこの公園を通るであろう。ラッセル・スクエア駅からはラッセル・スクエアを斜めに渡った先に大英博物館の北出入口がある。なお大英博物館の正面口に近い駅はトッテナム・コート・ロード (Tottenham Court Road) 駅。

 

夏の Russell Square

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芝生に寝転んだりランチを食べたりする人々で賑わう。噴水があり子供が戯れる。

公園にはベンチが置いてあり適当に休むことができる。寄贈した人の名前が刻まれているベンチもあり、その人がこの公園を愛したであろうことがわかる。

 

冬の Russell Square

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Snowman

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ロンドンで積雪するのは年1、2回だろうか。こんなに積もったときは、 交通が大混乱し転んでケガをした人が多数、という定番ニュースが聞けるものだ。

 

地図:

 

Edward Elgar エドワード・エルガー

MyLondon シリーズ (2000年頃の写真をもとに2017年現在調べ直して書いてます)

 

42 Netherhall Gardens, NW3。英国の作曲家エルガー(Edward William Elgar; 1857年-1934年)(*1) が1911年から1921年まで居住したロンドンの家の場所。

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銘板 (plaque) でエルガーがこの場所に住んでいたことが示されている。ただし現在の建物は当時のものとは異なる (*2)。なお plaque は地元地区が設置した黒い色のもので (*3)、現在 English Heritage が管理している Blue Plaque とは別のものだ。

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英国ではエルガーの音楽は必ず耳にする。ロンドンのロイヤルアルバートホール (Royal Albert Hall) で夏に連日開催されるBBCプロムナードコンサート、プロムズ (The Proms)。その最終日、エルガーの「威風堂々」Pomp and Circumstance March No.1が高らかに演奏され、その中の歌詞の付けられた一節 「希望と栄光の国」"Land of Hope and Glory" が大合唱される。それに続いて演奏・合唱される 「エルサレム」“Jerusalem”はブレイク (William Blake) の詩にパリー (Charles Hubert Hastings Parry) が曲を付けたものだが、エルガーが編曲している。Land of Hope and Glory も Jerusalem も、国歌と言ってよいくらい愛され、いろいろな場面で演奏される曲だ。愛国心の発揚、ロンドン夏の終わりの風景。

これは youtube にあった昨年 (2016年) の Proms 最終日 (映像はなく作曲家、指揮者、演奏者の画像のみ)。クリックするとラスト約18分のところからスタートし、Pomp and Circumstance March No.1、 “Land of Hope and Glory” (合唱)、“Jerusalem” (合唱)、”God Save the Queen” (合唱)、”Auld Land Syne” (「蛍の光」、合唱) と進んでいく様子がわかる。

 

エルガーはウスター (Worcester) 近郊生まれ。ウスター地方とロンドンを中心に、何度か居所を変えたようだ (*4)。この Hampstead の場所に住んでいた頃はすでに作曲家としての名声と地位を確立していた。写真の銘板は、ここに住んでいたときの作品としては、"Falstaff"、"The Music Makers"、"The Spirit of England" を挙げている。1920年に妻アリスを失くしたのち住まいを売り、ロンドンの別の場所に一時移ったのちエルガーはウスター地方へ戻った。

 

実はこの場所は通りすがりに見つけた。前記事フロイト博物館を訪れたとき、私は Hampstead から歩いていった。その途中偶然この plaque を見つけ、写真に収めたのだった。

地図。緑のピンが 42 Netherhall Gardens, NW3。オレンジのピンがフロイト博物館。

 


参考

1. エドワード・エルガー - Wikipedia

2. Heritage: Sir Edward Elgar DIY enthusiast - portrait of the composer at home in Hampstead - Heritage - Hampstead Highgate Express

"On New Year’s Day 1912 Edward and Lady Elgar moved to 42 Netherhall Gardens, Hampstead. A Heath and Hampstead Society plaque marks the address. The residence, since demolished and rebuilt, was originally designed by the architect Norman Shaw. Elgar renamed it Severn House, after the river close to his birthplace."

3. The Heath & Hampstead Society による Hampstead 地区の Plaques
    Organisation Hampstead Plaque Fund - Open Plaques

4. ELGAR - The Elgar Trail エルガーの居所はこちらにまとめられている

 

Freud Museum フロイト博物館

MyLondon シリーズ (2000年頃の写真)

 

ジークムント・フロイト (Sigmund Freud; 1856-1939) は82歳までウィーンで研究活動を行ったが、ナチスから逃れるため1938年に妻マルサ、娘アンナと共にロンドンに亡命し、この家で人生最後の1年余りを過ごした。現在この家はフロイト博物館として公開されている。

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ロンドンの閑静な住宅街の一角にある。フロイトに特に興味はなくても、地下鉄駅から普段の自分の生活空間とは異なる雰囲気の住宅地を歩き、著名な人物の足跡に触れることができるというのは、ロンドンのちょっとした楽しみだと思う。

 

ロンドンではBlue Plaqueがあちこちの建物の壁に掲げられ、諸分野で功績があった人物がかつてそこに居住していたことが示されている。この家にはジークムント・フロイトとアンナ・フロイトのplaquesがある。

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フロイトといえば精神分析家として患者を診察したときに使用したカウチが有名だが、館内にはフロイトオーストリアとロンドンのこの家で診察に使用したカウチを始め、当時の書斎が再現されている。娘の精神分析家アンナ・フロイトは世を去る1982年までこの家に住み、アンナの遺志としてこの家は博物館となった。

 

フロイト博物館のホームページを見ると、資料や展示物など博物館として充実しており、来館者は楽しめるようだ。

Freud Museum London

 

ショップの記念品もいろいろ。

Freud Museum Shop

 

場所は地下鉄Finchley Road駅近く。

20 Maresfield Gardens, London NW3 5SX

 

Down House ダウン・ハウス ~ チャールズ・ダーウィンの家

MyLondon シリーズ

 

チャールズ・ダーウィン (Charles Dawin) が後半生を過ごした家がロンドン南東部、Downe 村にある。「種の起源」もここで執筆された。現在は English Heritage により管理され公開されている。ロンドン中心部から電車とバスさらに徒歩で1時間少し。 ロンドンからの日帰り散策に適している。

 

下の写真は2000年10月撮影。他にも写真を撮ったと思うが、手元にあるのはこれだけ。もしいつか他に見つかったらアップしたい。

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ダーウィン (*1) は1809年2月12日、イングランド中西部シュルーズベリー (Shrewsbury) 生まれ。エジンバラ大医学部中退、ケンブリッジ大卒業後、1831-1836年、測量船ビーグル号に乗船し、ガラパゴス諸島など主に南米を探索。1837年、ロンドン (Gower Street) に住む。1839年、エマ (Emma) と結婚。1842年9月、ロンドンの喧騒を避け、ロンドン郊外 Down House に移り住む。ロンドン時代に着想を得ていた自然選択の考えについて、1959年「種の起源」(On the origin of species) (*2) を出版。1882年死去、ウエストミンスター寺院に埋葬。妻と兄は Downe の墓地に埋葬されている。

Downe という地にある Down House という名称だが、Downe はもともと Down と呼ばれてた。しかしアイルランドにある Down との混同を避けるため、19世紀半ばに Downe に変更されたという経緯がある (*3)。

Down House は English Heritage により1998年4月に一般公開された。さらに2009年2月、ダーウィン生誕200周年および「種の起源」出版150周年を記念し、3か月の改装期間を経て新たな展示物を加え再公開された (*4)。

 

Down House のホームページ by English Heritage。

www.english-heritage.org.uk

下に地図を掲げる。ピンを立てているところが Down House。ロンドンとの位置関係を示すため大縮尺で示すが、拡大もできる。

アクセス方法はホームページにある。

私が訪れた時はおそらく Bromley South駅からバスに乗り、バス停からちょっと歩いたと思う。ホームページによるとBromley Southからのバスは146系統。TfL (ロンドン交通局) サイトによれば終点は Downe Church。地図で見ると Downe Churchから Downe Houseまでは650メートルほど。10分弱の歩きだ。当時はもっと歩いたように思っていたが、そんなものなんだ。なおホームページによると、日曜以外はOrpington駅からR8バスが出てDown House前で要望により停まるらしい。

 

1枚の写真では家全体や内部、庭の様子を伝えられない (内部は撮影禁止のようだが)。

現在の Down House では、当時を再現した書斎やダイニング、ビリヤード・ルーム、寝室、直筆ノート、マルクスから送られたマルクスの署名入り「資本論」、ビーグル号の船室を再現した展示や、デジタル機器を駆使した種々の展示を見ることができるようだ。ダーウィンは長年ミミズを研究し、最後の著作はミミズに関するものだった。Down House の庭はとても lovely だが、この庭でダーウィンはミミズを研究し、それに関する展示もある。研究の記録だけでなく、この家を訪れた人がさまざまな展示を通じて感じるのは、妻と子供を愛し続けた優しい家庭人としてのダーウィンという人であるらしい (*4,5)。

 

ところで上に掲げた写真だが、帰り際に少し離れたところから家の側面を写したものだ。今改めて Google Street View で見ると、写真を撮ったのはこの位置からこの角度だとわかる。スクリーンショット画像とその下に Street View へのリンクを添付する。

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上の画像の Street View へのリンク:https://goo.gl/maps/KJLd3F6bHhv

私の写真では家の外壁が白くて、いろいろな記事で見る今の家の外壁はややベージュ色を帯びてる感じだが、単に見え方の違いか、あるいは改装の際に塗装し直されたりしているのだろうか。


*1 チャールズ・ダーウィン - Wikipedia
*2 正式タイトルは “On the Origin of Species by means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life.”
*3 Darwin Online: Introduction to Earthworms
*4 Charles Darwin anniversary: Down House, Kent - Telegraph
*5 Darwin's house: Discover the origins of evolution in rural Kent | The Independent

 

Highgate Cemetery ハイゲイト墓地

MyLondon シリーズ

お墓を見るのは好きだ。お墓にはその人の一生が凝縮されている。希望、喜び、悲しみ、業績、達成できなかったこと、言えなかった思い、悔しさ、、。それらを抱えて生きた人の一生に思いを馳せる。そして自分の有限の生を思う。また、海外のお墓は、墓碑が刻まれていたり墓石の形がさまざまだったり、1つ1つを拝見するのも興味深い。

ハイゲイト墓地 (Highgate Cemetery)。ロンドン北部の広大な墓地。イギリスの著名人が埋葬されている。マイケル・ファラデー (Michael Faraday)*1ジョージ・エリオット(George Eliot)*2 などはよく知られている名前であろう。中でもカール・マルクス (Karl Marx) の墓があることで知られており、訪れる観光客もちらほら見かける。

都会の喧噪を離れ、文化財としての価値も高いとされるこの墓所を散策してみるのもいいものだと思う。

以下15年以上前に訪問したときの写真。

西区画への入り口。いい雰囲気だ。

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西区画の1風景。

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マルクスのお墓。東区画にある。マルクスは1883年にロンドンで死去し(64歳)、当初のお墓は簡単なものだったが、1954年に当時のイギリス共産党がこの新しいお墓を建立したらしい*3*4。「Workers of all lands, Unite」「The philosophers have only interpreted the world in various ways. The point, however, is to change it.」とある。

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地下鉄Archway駅から徒歩20分ほど (バスもある)。東区画と西区画に分かれおり、東区画は入場料 (4ポンド) を払い、中を自由に散策できる。西区画はツアー (12ポンド) でのみ入場可。土日の日中にはツアーが30分おきくらいに出発とある。入り口で待っていればガイドの人がやって来て、その時集まっている人を連れて出発する。私も10人くらいのグループで回った記憶がある。その他以下のwebsiteに詳しい説明がある。上記入場料はこの記事を書いている2017年のwebsite情報。

Highgate Cemetery

 

現在 (2017年2月) このwebsiteを見ると、トップに "Sorry, we have no information about George Michael." と出ている。昨年クリスマスに逝去したジョージ・マイケルについて、母の墓所のあるこの地に埋葬される予定と報じられているためのようだ。

 


*1 電磁誘導の法則など物理・化学で重要な発見。高等教育を受けていない。
*2 作家。男性ペンネームだが、女性。「サイラス・マーナー」など。
*3 Karl Marx - Philosopher, Journalist, Historian, Economist - Biography.com
*4 カール・マルクス - Wikipedia

 

British Library 大英図書館

MyLondon シリーズ

大英図書館。英国およびアイルランドで出版されるすべての出版物が納められることになっている。日本の国会図書館に相当する。しかし蔵書は古今東西におよび、目録数1億5千万以上でアメリカ議会図書館に次いで世界第2位である (1)

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ロンドン中心部、セント・パンクラス (St. Pancras) 駅の隣、ユーストン通り (Euston Road) にあるこの図書館の建物は、1998年6月にオープンした (2)。それ以前の大英図書館の蔵書や機能は、大英博物館 (British Museum) の Reading Room や、その他5,6箇所に分散していた。

なお、上記写真はwikiなどで見る写真にそっくりだが、私が2000年前後に撮ったものだ。

 

外側から見ると、そっけない建物に見える。が中身はものすごく豊富である。研究者なら文献はどんなものでも手に入るといっていいだろう。外国の刊行物も閲覧可能で、日本の地方の博物館の研究紀要とか、バイオ関係の日本語雑誌が毎号保存されているのを、私は目撃した。図書館を利用するには、申請し承認される必要がある。特に調べ物がなくて観光で訪れただけの場合は、展示コーナーを見るだけになる (3)

 

写真左側に見える像は、アイザック・ニュートン (Isaac Newton)。イギリスの彫刻家エドゥアルド・パオロッツィ (Eduardo Paolozzi) が作成。18~19世紀の詩人であり画家であったウィリアム・ブレイク (William Blake) の絵画 (4) を基にしている。ニュートンが運動の法則を著した「プリンキピア」(Principia Mathematica) は大英図書館所蔵である。

 

英国で発行された新聞が保存してある大英図書館・新聞部は、ロンドン北部コリンデール (Colndale) にあり、この新館が開館した後も、その場所でサービスが続けられた。私も古い新聞記事を調べるため訪れたことがある。しかし2013年11月に閉鎖された。新聞はデジタル化され、オンライン・アクセスが可能になっているようだ。

ちなみに、コリンデールには90年代には日本食を売るスーパーマーケット、ヤオハンがあり、そこには旭屋書店も入居しており、当時の日本人のロンドン居住者は一度は訪れた場所だったろう。しかしヤオハンは1997年に倒産して閉店、旭屋書店も2003年に閉店となったのだった。

 

隣のセント・パンクラス駅は2007年にユーロスターのターミナル駅となり、大改修が行われた。さらにその隣のキングス・クロス (Kings Cross) 駅周辺では、大規模な再開発が進行している。大英図書館の裏 (北側) も、以前はひっそりしたエリアだったが、今はライフサイエンス系の研究所が稼働している (5)。徐々にロンドンも変わってきている。

 

Link: THE BRITISH LIBRARY - The world's knowledge


(1) British Library - Wikipedia
(2) History of the British Library
(3) British Library をご利用いただける方々
(4) Newton (Blake) - Wikipedia
(5) The Crick Institute unpeeled : Nature